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2007年12月31日(月)

いよいよ2007年最後の日です。今年も色んな人に会って、色んな事を学んで、色んな経験をさせてもらい、学ぶ事の多い1年でした。

何事にも感謝の気持ちを持って、2008年も笑いのある、有意義な1年にしたいと思います。
皆さん、くれぐれも宜しくお願いします。

さて、今日は会社もOffですんで、ちょっと日本っぽく大掃除でもやってみたいと・・・。実は掃除が趣味の人なので・・・
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by hiro.b-bridge | 2007-12-31 10:57 | 日記
2007年12月25日(火)

今日はクリスマス。と言っても、特にSecialなEventがあったわけではない。唯一大きな事件と言えば、今年もサンタクロースがやってきたこと。何故だか子供だけにしかプレゼントを持ってこないサンタであるが、今年も3人の子供に、プレゼントを持ってきた。暖炉の前にある犬の食事用の皿の真横に置かれたクッキーを食べ散らかす変わりに、3つの包みを置いて行った様子である。

実は、長男に「お前、サンタクロースを信じてる?」って聞くと、「もちろん!」という返事。「サンタを信じる事によって、何かが起きるはずだから・・・。Pureな心を待ち続けたほうが、サンタも喜ぶだろうし・・・。あ、兄弟皆信じてるで・・・、お父さん!」との大人の発言だった。

d0023796_10593816.jpgまぁ、高校生、大きくなったものである。

小学生の娘は、「サンタは一体誰や?」「今日は徹夜して見届ける」と言っていたが、さすがに夜中の2時ごろに、「サンタに悪いし」とつぶやいてベッドに向かった。

朝起きたら3つのデジタルカメラに「私はこれ!」とまさにサンタが彼女に充てたと思われる色のカメラを引き当てていた。

さて、いつまでサンタはやってくるやら?
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by hiro.b-bridge | 2007-12-25 18:36 | 私生活
2007年12月16日〈日)

最近、どうにもblogを書く余裕が無かったのだが、これは時間的問題ではなく、ネタ的問題であろうとの判断から、ちょっと今までとは違ったパターンで、自分の経験もしくは、どうしてこんな人間になったかを自分なりに考えて書いて、自分の今までの生い立ちから今を考えてみる事にしようと、ふと思った。

という事で、まずは幼少期編から・・・。

昭和37年1月24日にお袋の実家である富山県西砺波郡福光町〈今は南砺市)で、2人目の子供、長男として生まれた。親父は、大手繊維会社の技術者、お袋は専業主婦だった。結構大人になってから、当時の戸籍謄本を見てショックだったのは、僕の名前のところには、最初の登録が次女になっていて、途中で、次女改め長男となっている事である。結構本気で、「俺は知らぬうちに性転換手術を受けていたのか?」と悩んだものである。

何せ、謄本は過去の変更履歴が全部残るから、結婚して自分の戸籍謄本ができるまでは、ずっと女→男となっていた。

富山のじいちゃんは、歯医者。東京のじいちゃん(親父の親)が商社マン。これだけ取ると、自分がバイオの海外との仕事に結果として興味を持った経緯がわかるような気がする。ついでに歯医者のじいちゃんの息子(僕の叔父)は、東京で歯医者をやっていたが、ラジオをカラオケ10週勝ち抜き選手権で何と10週勝ち抜いて、チャンピオンになり、レコードも出していた。これも、自分のDNAに組み込まれているようである。

今ほどでかくはない、普通の赤ん坊だったと聞いているが、とにかく、止まったら死んでしまうほど良く動く、ばあちゃん曰く、「かちゃかちゃした子」だった。綺麗なおばちゃんが大好きなおませさんだったようでもある。

こんなところから人生がスタートしていたわけである。
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by hiro.b-bridge | 2007-12-16 23:39 | 自分史
2007年12月7日(金)

2ヶ月ほど前に、Mountain Viewの市長がやってきた話をしたが、その時、「Mountain Viewに104ものバイオの会社があるなら、d0023796_1814288.jpg是非バイオサミットを行って、市のバイオへのアピールをすべき」と提案した。

そしたら、何とたった2ヶ月の間で、市のBusinness Developmentがアクションを起こして、今日朝から第一回のサミットが開かれた。

何と素早い動きだこと。どっかの国の行政の動きとは偉く違う!!

でもって、我々のアイデアでサミットは始まったと、市長が何ども感謝してくれた。さて、ここからもっとネットワークを広げて行こうかと・・・。
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by hiro.b-bridge | 2007-12-07 23:08 | 仕事
2007年12月2日(日)

すごく久しぶりに、San Joseにある長崎ちゃんぽんの店に行ってきた。以前は毎週のように行って、その美味しい味に満足して帰ってきたものである。少し内装も綺麗になった今のお店には、当時「感じのいいお兄さん」が店長かManagerかに昇格していた。d0023796_16405397.jpg

久しぶりに皿うどんを頼み、息子はとんこつラーメンを頼んで、他の家族の早くやってきたメニューを見ながら、「僕達のはいつ来るんだろう?」と腹をすかせて待っていた。

しかし、15分経って、次男がほとんど食べ終えても、長男と僕の皿うどんはやってこない。隣の後からやってきた客が食べ始めているのに、僕らはお預け!

20分経って、皆食べ終わっても、何も来ない。思わずメキシコ人っぽい店員を呼んで、「僕らは、ずーっと待っていて、娘は食べ終わったんだけど、どうなったの?」と聞くと、「・・・」って感じな顔をしている。

「僕の言っている事分かる?」って聞くと、彼女はただ笑っているだけ。英語は通じないのか。

その後、日本人のウエイトレスやってきて、「今は何が来てないですか?」って感じ。

それから5分したら、来てなかったメニューも、もう食べ終わってしまって片付けられたメニューも全部やってきた。日本語も通じない。

さすがに、もらっても仕方ないから、「何考えてんの?」とちょっと切れると、Managerがやってきた。ひたすら謝り、他の店員に「アイスクリームをサービスするように」と促している。「何を食べますか?」食べ終わった家族は、「バニラ」とか、「マンゴ」とか好きに言っている。

でも、今から食べる僕と長男には、アイスクリームのお声はかからない。
気持ちも通じない。

食事が出て来ず、アイスクリームも与えられず、多分きっとダイエットの神様の仕業なんだろう・・・とは言え、何なんだ、この連携は??って感じで、頼んでない焼き飯だけはしっかりもらって帰ってきた。 

笑うしかない1時間半も掛けてのラーメンの「味」だった。何も通じない店。
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by hiro.b-bridge | 2007-12-02 23:16 | 私生活