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2006年1月31日(火)

子供の宿題をやらねばと思い、早い時間に戻ってきたもので、子供と一緒に宿題をやって(すごい、久しぶり)その後、何となくついているJapan TVを見ていた。日本では絶対見ないようなNHK歌謡コンサートをやっていた。前川清が、若い演歌歌手を紹介していた時、思わずびっくり。友達が何かかっこいいカッコして紹介されていた。そうかと思うと、めちゃくちゃ上手い歌を披露していた。

3年前、NHKののど自慢のグランドチャンピオンになって以来、毎年3月にグランドチャンピオンの過去の出演者達の同窓会(渋谷)に参加させてもらっている。そこでは、やたら上手な素人たちが集まって、みんなで朝方まで歌い続けてるのだが、やはり3年前そこで知り合ったやつが、そのテレビで歌っていたやつである。

一緒にラーメン食べて(?)、名刺をもらったら、Singerって書いてあって、頑張ってんだぁと思ってたら、去年五木寛之作詞の歌でデビューしたとメイルをもらっていた。

すっごい緊張してNHKホールで歌っていたけど、彼らの成長を暖かく見守りたいものである。又3月に会えるかな?それとも、もっとこれからメジャーになっていくか。期待したい。

あ、彼の名前は、松原健之(たけし)。演歌以外もめちゃくちゃ上手いやつ。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-31 23:22 | 日記
2006年1月30日(月)

最近どうにも忙しい日々を送っている。もう1年の12分の1が過ぎて、別に焦るわけではないが、時の過ぎ行く流れを掴みきれていないような気もする。

家に戻ってきたら、ガレージが開かない。どうやら、壊れてしまったようだ。何が問題って、ガレージから入れないというだけではなく、ガレージから車が出せない問題がある。

明日、早速直してみよう・・・。

今日は、94年に亡くなった親愛なる叔父貴の誕生日。DNAが同じなのか、生前ラジオのカラオケ勝ち抜き番組で10週勝ち抜き、歯医者をしながら、レコードも出していた。生きていたら、色々と相談に乗ってもらえたのにと思い出してしまった。

ベイエリアの47歳の人が亡くなったという訃報を聞いた。自分の身体もたまにはメンテナンスした方が、良いのだろうとつくづく思った。

ガレージと一緒にしたら怒られるが、自由が利かなくなったら、身動き取れなくなるから・・・。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-30 18:34 | 私生活
2006年1月28日(土)

今日は、娘の9歳の誕生日。ボーリングに行きたいと言う娘に従って、近くのボーリング場へ。10年前から思っていたのだけど、アメリカのボーリング場は本当に日本と違う。

まずは、靴の貸し出し。カウンターで片方の靴を脱いで、サイズを言うとボーリングシューズを貸してくれる。残ったほうの自分の靴は、レーンまで持っていって、その辺に適当に置いておく。玄関で靴を脱ぐという習慣がないためか、とにかく何処でも靴を脱いで裸足で歩かされるし、逆にどこでも靴を履いていれる。何年経っても、これは慣れない。

「23番レーンに」と言われて行くと、スコアを見るモニターが消えている。子供が文句を言いに行くと、「壊れてるからしかたない」と納得させられる。んんんんん・・・・・・

隣のレーンにやってきたおっちゃんは、一生懸命自分の家族に投げ方を教えている。興奮しすぎてというわけでもないのに、いつの間にか、僕の使っているボールを平気で投げている。何とこのおっちゃんは元々自分のボールを見つけることなく、そこにある僕が使っているボールを当たり前のように投げていた。変な奴・・・。

ゲーム数に関係なく、2時間投げてジュースのピッチャーがついて、68ドル。値段的にはこんなもんかもしれないが、どうにもアメリカのボーリング事情には納得がいかない。でも、9歳の娘は110点ほど出して喜んでいたから、まぁ、良しとしよう。

チャオ(娘のミドルネーム)、おめでとう。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-29 17:00 | SV生活
2006年1月25日(水)

昨日、誕生日だったのだが、出張から戻って、会社には3-4時間しかいなかった。で、今日は普通通り、朝から出勤して、いつもと同じように普通に仕事をしていた。午後のある時間、僕の部屋で、LogisticsのManagerと打ち合わせしていたら、突然、窓際に、多くの人が集まってきて、気づいたら、うちのスタッフ全員がHappy Birthdayと叫んでくれていた。

うちの会社は、長年Surprise Partyを企画して、普段はその中心に自分がいた。スタッフと喧嘩を装って、誕生日の女性を驚かせ、号泣させてみたり、アライアンスのスタッフが日本から来た時に、徹底的に騙し続けて好きなNBA会場に連れていってみたり、子供の「誕生日おめでとう」電話を突然企画したり、とにかく色々やってきた。
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d0023796_1723149.jpg今回のSurpriseは、全くの「想定外」。ケーキも美味しかったし、みんなありがとう。
多分、裏で色々段取りしてくれたであろう、スタッフに特に感謝。みんなからパワーをもらいました。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-25 23:15
2006年1月24日(火)

実は、今日は僕の誕生日であった。正直に白状すると44歳のぞろ目イヤーである。早生まれ(1月から3月の誕生)の為、又クリスマスや正月に近い為、昔から、クリスマスプレゼントとお年玉と誕生祝が全部一緒って事も良くあった。3番目の子供が9年前に生まれてからは、二人の子供のちょうど間に僕の誕生日があるので、これまた一緒にくくられてしまうケースがほとんどだった。

ところが、今年は、少し違っていた。

と言うのも、日本出張の最終日。東京のスタッフがケーキを買ってきてくれて皆でまずはお祝いしてくれた。夕方飛行機に乗る時に、何度もパスポートを提示するので、その都度、「おめでとう」と声を掛けられ、飛行機に乗り込んだ。

アメリカに着くと、又僕の誕生日の朝がやってきた。

会社のスタッフに「Happy birthday」と声を掛けてもらい、家でも子供たちからの祝福を受けた。

誕生日を2日間に渡って、色んな人に祝ってもらったのは、人生初めての経験かもしれない。いくつになっても、嬉しいものであるが、ダブルで嬉しい日だった。

でも、時差ぼけで、夜はさっさと床についてしまったが・・・。さて、44歳の今年、少し又大人に成長して頑張ってゆこう。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-24 23:40 | 私生活
2006年1月22日(日)

日本に来ている間、毎日夜中まで飲んで食っている間に、多分3Kgは太ったのではないかと思われる。忙しさとさまざまなイベントで、すっかり疲れて、今日は久しぶりにゆっくり寝た。

そんな先週のイベントの中で、六本木のクラブに行った時の話。「いらっしゃいませ~」と可愛い女の子が席に横に座った。普通に飲んでたら、昼間の話に話題が流れ、その女性の身柄は大学院学生であるとの事が判明。もっと話をしていたら、うちの商品を使ってくれてるお客さんだった事が判明。それからの会話は、必然的に、こちらが気を使う羽目に。

飲み屋さんで、お客さんがクラブのホステスに変身している日本のすごさに驚いた。

テレビを見ていたら、ライブドアの話ばかり。ホリエモンとは1度一緒に食事をした事があるだけに、身近に感じて、やはりショック。いずれにせよ、真実を明らかにして、又頑張って欲しいものである。社長業は、大変なんだろうなぁ。「あ、僕も社長ですが・・・」
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by hiro.b-bridge | 2006-01-22 22:15 | 出張
2006年1月17日(水)

日本に着いた。いつもこの時期は、日本に出張している。1月17日をアメリカより一足先に迎えた。

11年前のこの日は、神戸に住んでいた僕たちには忘れる事に出来ない日。そしてその日は次男の誕生の日でもある。

そんな次男も11歳。小学校5年生。この先一体どうなるんだろうと思った日から11年が経って、やつの成長と共に、神戸も無事復興している。

神戸で亡くなった方々に黙祷を捧げます。

それと、11歳の誕生日おめでとう。リン。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-17 00:00
2006年1月14日(土)

もう15年くらい海外出張を繰り返している。日本にいた時は、ヨーロッパとアメリカ、アジアにオーストラリアと短くても3週間。長い時は3ヶ月あちこちを転々として、毎日打ち合わせ、移動、洗濯、レポート書きが日課だった。アメリカに移ってからは、日本への出張が中心になって、98年は、35回以上の海外出張を繰り返して、短い時は1泊3日っていう旅もあった。

そもそも、中学の時親父が転勤でインドネシアに赴任して、夏の間バンドンに行ったのが初海外。その後、大学の時に、欧州、アメリカそれぞれ50日近く無銭バックパックの旅を行った。あの時の経験は、未だに今の海外出張に大きく役立っている。

コロラドで一人どうしてもシャワーを浴びたくなった時(普段、野宿が中心だったので、たまにはシャワー付きの宿舎に泊まりたくなる)、YMCAを見つけた。

でも、YMCAで泊まる金がなく、当時英語も全く出来なかったので、ロビーでフロントの女性に片言の英語で尋ねた。「日本人の友達を探している。彼らの名は、佐藤、田中、鈴木、山本・・・中肉中背でめがねをかけている。」

そう言うと、ロビーのおばちゃんは、宿泊名簿を見て、「Yes. Mr. Tanaka is now staying here.」ときた。ちゃっかり部屋の番号を聞いて、いざ見ず知らずの日本人の部屋へ。ノックをして、「すんません、日本人で~す。」怪しげに出てくる若い男性に、色々と事情を説明して、シャワーを浴びさせてもらい、挙句の果てにその部屋の床で寝させてもらう。寒さは凌げるし、部屋代はただだし。最高のホームレスバックパッカー。

こんな旅をして、お金を使わず旅をしていた事を、ふと思い出した。

明日から又出張。ちゃんとホテルで泊まって、計画も立っている旅だと思うと、全然楽勝。その分、商談に専念してこようと。

次男の誕生日が出張中にある。今年も一緒できなくて、ごめんな。りん。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-14 18:30 | 昔の話し
2006年1月13日(金)

今日は、第二回丑寅会総会で、例によって敬語禁止コーナーで支払いを決めて、又楽しく騒いだ。今回は、女性人も参加して、おっさんたちは盛り上がりましたが、ちゃっかり、完璧なまでのため口作戦で、支払いはほんのちょっと、えんどちゃん、ごちそうさん・・・。

さて、トイレの続き話。

クリーブランドでメジャーリーグの野球を見に行った時、ビールをたんまり飲んで、トイレに向かった。かなり緊急を要する状態で行ったので、トイレに入った瞬間に、さっそく用をたせる状態に・・・。そこで見た小用の便器は、何とでっかいバスタブのようなもの。しかも、トイレの真ん中にあって、四方八方から用をたせるようになっていた。

とにかく、そのバスタブの様な便器に向かってみたものの、向かい側には、でっかい白人が、こちらに向かって用をたしている。そりゃ、その何を見たら、出るものもでなくなりますがな・・・。

チャックを上げ直して、大のトイレがあくまで、もじもじしながら待ちました。これは、驚きの経験。

中国の仕切りなし大用トイレにも、以前「参った」って感じだったけど、クリーブランドの球場の経験は、全くの自信喪失。ほんまに、アメリカ人は何を考えてるんだろうかとつくづく思った瞬間である。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-13 23:28 | くだらん話
2006年1月12日(木)

久しぶりに、次男(小5)と長女(小3)の通うアメリカ現地校に行った。普段は、すべて何もかも嫁さんが子供の面倒を見ているが、父親失格の会社中心おやじに、久々の出番が回ってきた。これも、たまたま嫁さんが「長男の用事で動きが取れないから」と言う理由で、次男の参加する3泊4日の修学旅行のようなものに対する父兄説明会に参加した。これでも、起業前は、必ずこのような会には参加していたが、嫁さんの英語の上達と、自分の怠慢(仕事にかこつけて行かなくなった)で、本当に久しぶりの父兄行事参加である。

で、まず気づいたのは、数年前までは、中国人と台湾人しか目立たなかった父兄が、いつの間にかインド人ばっかりに変わってるではないか。うちの家のあるCupertino学区は、熱心な親が多く、少し高めの家賃を払っても、教育パパ、ママが集まってくる地域。10年前は、4割が中国系、4割が白人、2割がその他。って感じだったのに、今日の説明会は、軽く5割はインド人だった。

なもんだから、質問する親の英語が全部インドなまりで、聴き取り困難。質問の内容は、お国柄か、旅行中の食事内容ばかり。ベジタリアンのメニューを見せろまでは、まだ分かるけど、出てくるであろうピザのチーズの種類は?息子はアレルギーが多いので、食事を持たせてよいか?朝の食事の時間が8時からは早すぎるので、昼間までにスナックを与えて欲しいだの・・・。

あほちゃうか・・・・。

何で、そんな個人的なことを100人も集まってる会議で手を上げて聞けるんやろか?他にも、ホームシックに掛かったときの対処法だとか・・・。そこまで心配やったら、行かせへんかったらエエのにと、最初非常に興味を持って参加していた僕も、質問コーナーで気がうせてしまった。

でも、そんな事は関係なしに、子供は楽しみにしている。親が心配するほど、子供は子供じゃないのに。

人の価値観や思考性は同じ人種でも違うのだから、育った環境や国が違うと又全く異なる。そういった意味では、ここシリコンバレーは、多くの文化を共有する街。ほんま、インターナショナル経験が出来るところである。

あ、インド教育を受けれる所かなぁ。
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by hiro.b-bridge | 2006-01-12 01:43 | SV生活