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2005年12月30日(金)

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昨日、一昨日で親戚9人が日本からやってきて家族みんなで都合14人合同でLas Vegasとグランドキャニオンに行ってきた。いつ行ってもラスベガスは、楽しい街。でも、だんだんと自分がさほどラックに掛けたギャンブルが好きではないことに気づいてきた。昔からせこかった自分だからこそ、学生時代に麻雀やったりしても、最終的に勝てるように努力をしてきた。ラスベガスの場合は、技術ではなく運に頼るものだけに、今ひとつ盛り上がりに掛けるように感じている。でも、ショー見たり、あの雰囲気に融和していく事は、たまには必要か。何せビジネスも麻雀のような努力と運を共にするギャンブルみたいなものですかんらね。ラックの付けかたとか、その場を読む力をそんなところからも見につけれるような・・・。

グランドキャニオンは、11回目。でも、行くメンバーによって感じるものも違うもの。毎回感動が違うけど、グランドキャニオンは、いつも雄大で一緒の姿。又、感動して帰ってきた。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-30 20:23 | 日記
2005年12月27日(火)

家の掃除に続いて、会社のオフィスの大掃除をした。会社設立から5年が経つと、色んな書類や思い出の品々が出てくる。出張から帰って来るたびに、色んな書類がたまっていき、今更ながらこんなに対応が出来てないことがあるのかと思うと、何か申し訳ない気分も・・・。

でも、何だか忙しい毎日を送っていて、山積みにされていく書類もあるけど、2年も見ない書類は全部捨てるべき。人間のキャパは限られている。ポジティブに前向きに生きていく上でも、来年は前向きに断る勇気も持っていきたい。

好きなことを好きと言い、嫌いなことを嫌いと言えることも大事なのかもしれない。何で、こんなモードになったのか???

とにかく、まだ懸案事項は一杯あるけど、とにかく1年は終わった。来年に向けて、しばし充電を。明日は、親戚9人が日本からやってくる。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-27 23:16 | 日記
2005年12月26日(月)

クリスマスもあっと言う間に過ぎていった。今年は何か慌しく、メリークリスマスを言う回数も昨年よりも減ったような気がするのは、僕だけだろうか。今週は、月曜日、火曜日がクリスマス休暇。金曜日が年末休暇で、中の2日間も休めば何と10連休になる。僕は、中の2日を休むために、月曜、火曜は出勤。外部の人との打ち合わせまで入れさせてもらっている。10日も休むと、頭腐ってまうし。

日本にいると、「良いお年を」、年明けて「明けましておめでとうございます」が何処行っても交わされるが、アメリカではそのけじめがどうにも薄い。もうアメリカに来て10回目の正月だけど、全く普通の1日として過ぎていく。

どっかで、けじめをと思い、1月6日には会社でのKick Off Meetingをフォーマルな格好で行うことにしている。近くのHilton Hotelで行い、今年は少しイベントも企画中。

「フォーマルなドレスを着ろ」と言うと、アメリカ人は、とりあえず買ってきて、プライスタグを取らないで着こなし、翌日返すパターンが多い。考えられないことだが、でっかいセールスの時にはレジに多く並び、セールス後、返品に多く並ぶというのがよく見られる光景。だったら、わざわざ安いもの探しに行かんでも良いと思うんやけど・・・。

さて、さて今年もあと5日。明日は僕的には、仕事納めの日で~す。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-26 23:49 | 日記
2005年12月25日(日)

メリークリスマス。という事で、クリスマスがやってきた。家には、サンタクロースも無事にやってきたようで、子供たちは、大喜び。こちとら、大掃除で大忙し。ガレージの掃除をしていると、昔懐かしい思い出の品々が出てきて、そのたびに手が止まるので、中々前に進まない。一番驚くのは、ガレージにある卓球台で、子供らと戦って、真剣に取れないボールがたまに返ってくる事。中々大きく成長して、もう親の力は必要ないって所を見せてくれる。

掃除していて、出てきて時間をとられてしまったもうひとつは、ギターとアンプ。何年か前に近くのガレージセールスで買ったエレキギター。スタンド付きで10ドルで買ったけど、全然機能する一品。d0023796_14112237.jpg

1994年に富山の祖父が亡くなった時、棺おけを家の中に入れるため、何人かの人たちと運び入れてた。段差がある玄関でつまづき、左手から倒れていった。そこには、薄~いガラスの扉があって、100Kg超級の体重で倒れこんでしまったものだから、大変。ガラス扉はすごい音とともに壊れて、そのガラスの中に落ちていった僕の手は、ガラスまみれ。「おい、おい、兄ちゃんの棺おけちゃうぞ、ハ、ハ、ハ」って言った隣組のおじさんの言葉を打ち消すように、手を前に出したら、中指がほとんど落ちそうになっている。親指も骨が見えるくらいに裂けている。血しぶきは、真上に噴出すし、一瞬何が起こったか分からない状態。結局、その直後病院で45針縫ってもらって、その場をしのぎ、5日後に、大阪に戻って神経縫合手術で入院。

何が言いたいかというと、それ以来ギターはろくに引けなかった。

なのに、今日、久しぶりに真剣にギターに取り組んだ。結構引けるじゃん。ちょっとまじめに練習しなおそう。そして、亡き祖父に捧げる歌でも、書いてみようかな。そんなことを考えるクリスマスでした。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-25 19:19 | 私生活
2005年12月24日(土)

いよいよ今年もあと1週間。当然の事ながら、アメリカ最大のイベント、クリスマスホリデーがやってきた。最近では日本でも自宅を煌びやかに飾り付けるのが流行ってきたみたいやけど、本場アメリカは、さすが・・・。市の表彰を受ける家を、見て回ってきた。ま、ごらんあれ。

これが、今年のサンタクララ市のWinner
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Winnerは、こんなプレートをもらえる
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ちょっと暗いけど、これはあくまでも家の外。電車もこの下を走っている。さて、電気代いくら掛かっているやら・・・。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-24 23:23
2005年12月22日(木)

昨日、丑寅会で飲んでる時に、聞いた話。
丑寅メンバー44歳の二人が、最近結婚した。二人の結婚式にも呼んで貰って、何やめっちゃうらやましいなぁと思っていたのだが、その一人の話。

結婚をどこでやったのかなぁと聞いたら、Las Vegasに行って24時間開いている市役所でまずは、結婚証明書を出すらしい。混んでなければ、5分で終わるらしい。そしたら、その市役所の前に、結婚式斡旋のポン引きみたいな人たちがいて、「うちで、結婚していかない」って感じになるらしい。その中から安全っぽいのを選んで、車でその結婚式場へ。何と「ドライブスルーチャペル」。車から降りることなく、ドライブスルーで、窓口へ行くと、おばちゃんが、顔を出してくる。そこで、「ハイ、では私の言うことを繰り返して・・・。あなたは彼女を妻として、一生愛しますか」ってな感じ。それを繰り返したら、「ハイ結婚の誓いのキスを」と言われ「ブチュ」っとすると、結婚完了。結婚証明書をもらって、その証明書を、市役所に送ったら、すべて完了。

アメリカらしい、すごいハイスピード&合理的結婚方法。勢いで結婚が出来る国なんや。

車の運転で違反チケットをもらったら、Internetでその点数を消すサイトもあるし、やっぱ、アメリカは進んでるかなぁ。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-22 23:07 | SV生活
2005年12月21日(水)

丑寅会という催しを企画して、7人のおっさんが集まった。

今更年を隠す年齢でもないが、アメリカでは、人の年を聞くことが非常に珍しいので、正直言って、長~く付き合っていても相手がいくつかとか、自分といくつ違うのだろうって事はほとんど考えなかった。

そんな中で、身内で昭和36年生まれから37年生まれの丑寅年のシリコンバレーで働く7人集が始めて集まった。43歳から44歳の集団。

一人の提案で、今まで商売上での付き合いが多い我々が、敬語を使わないルールで、同級生を満喫することにしてみた。意外と社会人生活20年以上のおっさんは、敬語を使わないほうが難しいくらい。たくさん敬語を使ってしまったやつが、飲み代の払い額が増える罰ゲーム付き。

会社の社長、自営業、お役人、VCみんな仕事は違うけど、久しぶりに、友達が出来た気分で、おもろい集まりだった。アメリカに来てはじめての連れの会となったかな。ため口の7人集、次回は何人に増えているやら。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-21 23:24
2005年12月20日(火)

風邪を引いたので、1日で回復する為、早めに家に帰って、色んな事を考えているうちに、変なサイトを思い出した(???)

あなたに贈る詩
http://www.akina.ne.jp/~s-taka/poem/poem.htm

まぁ、試しに自分の名前を入れてみて。漢字で入れたり、カタカナで入れたり。
因みに、僕の場合は、こんな感じ・・・

ひろってば、濡れた恋人。
ほら、できあがった、鱗雲が!
君はまるで荒々しい敷き布団。
ゴロゴロゴロ!


何じゃ、こりゃ。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-20 17:46 | くだらん話
2005年12月19日(月)

すごく久しぶりに風邪を引いた。関節が痛くて・・・
までも、基本的には何も変わらぬよう仕事に行く。

そういえば、昨年41度ほど熱を出したことがある。出張中に。さすがに、スタッフの気遣いで点滴をうちに行った。1時間ほどして、打ち合わせに戻り、その日は結局午前3時まで、打ち合わせと飲み会。

もう、あんな無茶はやめようかと・・・今日の夜のアポもあらかじめキャンセルしてしまった。すんません。

さて、今日から新しいスタッフも加わるし、昼のうちは、気合入れて頑張ろう。(月曜日の朝)
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by hiro.b-bridge | 2005-12-19 08:07 | 私生活
2005年12月16日(金)

仰木監督が亡くなった事を今知った。とてもショックで言葉が出ない。根っからのプロ野球ファンとしては、監督が率いたオリックスが神戸の震災の後、神戸市民を勇気付けてくれた事に、感慨が深い。神戸の地震を思い出した。d0023796_1756871.jpg

1995年1月17日、次男の誕生予定日を2週間ほどにしていた我々家族は、堺の嫁さんの実家に帰っていた。朝の地震で、飛び起きて、揺れが収まった頃にラジオをつけたら、須磨区の離宮道の辺りで、家が崩壊しているというNewsが飛び込んできた。当時の僕たちの家は、その離宮道をあがった所にあっただけに、マンションが心配で仕方なかった。又サラリーマンの宿命か、勤めていた大阪市内の会社も心配で、車に飛び乗って、大阪まで走った。渋滞の中、会社には着いたものの、仕事が手に付くはずもない。会社のパーティションは倒れ、外のタイルは剥がれ落ちていた。

そのまま、神戸の家を見に行こうとしたが、国道2号線は全く動かず、やむなく実家の箕面に向かった。実家もかなりのダメージを受けていたが、両親は問題なかった。そんな時、当時としてはまだ限られた人が持っていた携帯電話に「何か様子がへん、病院に行く」という嫁さんからの電話。慌てて、車を走らせ箕面から堺の病院に向かったが、途中異常なまでに渋滞した道で、完全にストップしてしまった。途中、何度も電話を受け、病院について、マナー違反を承知で、救急車の駐車場に車を乗り捨て、分娩室に向かって、到着後5分後には、次男が生まれていた。

そうです、あの地震の日が、次男の誕生日になったのです。

翌々日には、甲子園まで電車で行き、そこから8時間半書けて須磨のマンションまで向かった。途中、燃えている家や、泣き叫ぶ子供や女性、崩壊した高速道路を目の当たりにして、すごくつらい思いをした。マンションの姿を見た時には、ほっとしたと同時に申し訳ない気持ちにもなった。

あの日、人間の生と死に関して、色々と考えさせられた。今日、仰木監督の死を知り、なぜかあの時のことを思い出すとともに、深い寂しさにむせび泣けてくる。

仰木監督、今までありがとう。
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by hiro.b-bridge | 2005-12-16 18:00 | 日記