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2005年10月31日(月)

逆風が強く、11時間半ほど掛けて日本にやってきた。昨日の寝不足のためか、機内に乗り込むなり、頭痛薬を飲んで、新聞を読んでるうちに、リクライニングを倒すことも無く眠りについていた。気づくと6時間も経過しており、食事もすっかり終わって、周りの人もみんな寝ていた。折角Upgradeしてビジネスクラスに乗ったのに、食事を又ミスしてしまった上に、リクライニングも倒さないなんて、もったいなぁ~。とせこく思うのは僕だけ???

成田に着いたらSMAPの草なぎ君がいた。周りいっぱいの女の人に囲まれていたけど、会釈したら、彼も会釈を返してくれた。怖がられたかな・・・

早速事務所で打合せして、もうこんな時間。明日はきついスケジュールになりそう。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-31 21:27 | 出張
2005年10月29日(土)

一日12時間以上働いて、10件以上のMeetingをこなすスケジュールが続いている。もうこんな生活を5年以上続けてきたのであるから、そろそろ本格的に会社を形あるものにしてゆきたいと思う。稲盛さんの話を聞いてから余計に意識しだした。

インキュベーションのビジネスも始まる。すでにやっていたことではあるが、本格的に開始できる状態になった。単に場所を貸して他の会社や人のサポートをするだけではなく、その会社や研究者が我々と一緒になって何らかのシナジーを生めるような事をしたいと思っている。アメリカは、好きで住んでるけど、日本の方が良いと感じる事も山ほどある。双方のいい所をミックスできる事をミックスして、何とか社会に貢献できるよう努めたい。

d0023796_1421594.gif会社全体でその体制を作ってゆくには、うちのスタッフにももっと気合を入れてもらわなければ・・・。単に怒って動かすのではなく、みんなにその辺の意識を持ってもらって、最終的にはスタッフみんなにもその努力が報われる会社にしてゆきたい。

土曜日は、唯一ボーっと色々考えられる日なもんで、まじめに3年後の自分を予測してみた。自分一人ではどうしようもなくとも、皆で大きな目標を達成できるような気になってきた。今日は何だかまじめモード。

明日から2泊4日の東京出張。又エキサイトな事がおこりそう。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-29 20:50 | 仕事
2005年10月28日(金)

カンパニーカーのVanの修理の為、まだ買ってまもない車をCar Dealerに持っていった。大した問題ではなかったのだが、とにかく出勤前に朝早く持って行った。色んな手続きをして、「よろしく」って感じで置いて来たら、しばらくして電話が掛かってきた。秘書の玉ちゃんが、受け答えをしてくれたが、「保証期間中だけど、直すのに110㌦くらいかかる」との事。d0023796_15575293.jpg
おい、おい、待てよ。買ったときにも、こんな修理はただでするって言ってたやないか。と話をしても、「わしゃ、知らん。Sales担当ではないから・・・。」との回答。

玉ちゃんは頑張った。でも、アメリカ人のディーラーの担当は、誰よりもいい加減。まじめに付き合ってたら、腹立ってくるだけ。

めちゃくちゃ腹のたった玉ちゃんは、「じゃ、もう修理はしなくて結構です」とつき返した。

その後、僕もSalesに電話を掛けてみた。セールスマンは昼の3時でも、まだ来ていない。仕方なくManagerと話をした。「担当者に聞かないと良くわからん。」これまたいい加減な話。

どうせ今日直らんなら、車をとりあえずピックアップしておこうと、夕方、車を取りに行った。文句の一つも言いたかったけど、どうせ関係ない人に言っても仕方ないので、自分の名前を言って、鍵をもらった。その時、「ここにサインを」と書類を見せられた。お金はチャージさせられていない。とりあえず、ほっとした。

しばらく待っていたら、車がやってきた。乗り込んで驚いた。なんと修理して欲しいところが直っているではないか。それなら、最初から文句言わんと直しとけっちゅうに・・・。

さんざん振り回された結果、イライラさせられたけど、彼らのいい加減なコミュニケーションの結果、結局は修理されていた。こんな感じで、アメリカは結果オーライで進んでいく。怖い国や。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-28 21:15 | SV生活
2005年10月25日(火)

今日、うちのスタッフと話をしていて思い出した昔の話。

日本で勤務していた時、NY州のRochesterに行った。極寒の冬の日仕事を終えた後空港に戻ってきた。UAのカウンターで突然「あなたの飛行機はキャンセルです」と平然と言われた。まぁ、ここまではよくある話で、「Unlucky」と思って次のフライトを待っていた。d0023796_16481530.jpg
3時間後まで次の飛行機はないとの事で、出張レポートでも書いて待っていようと、ゲートから少し離れた椅子に座って待っていた。次のフライトの予定時間の1時間ほど前に、ゲートまで行ったら、あと1時間あると言われた。カウンターのおばちゃんには、「又あんたか?まだだよ」、「シッシッ」て感じで追い払わせた。そして30分ほどして、再度カウンターへ。その時、おばちゃんの態度が変わった。「今までどこに行っていたの、飛行機の出発が早くなって、たった今出たわよ」「あんたを探していたのに・・・」との事。

あまりにもいい加減な対応と、平気な嘘を目の当たりにして、「いい加減なことを言うな」と叫んだら、逆切れされて、「私の責任ではない。文句があるなら早く飛び立ったパイロットに言え」との事。ま、これがアメリカのカスタマーサポートの実態。客商売をなんと心得るか?と日本と比べると腹が立つばかり。

あれから15年。こちらに住んで9年半。もうすっかりアメリカのいい加減さには馴染んでしまった。今日も、スターバックスのおばちゃんは、にこりともせず、何をそんなに怒っているの?って感じでコーヒーを作っている。もう、そんなことでは腹も立たない。アメリカのいい加減さは、もう当たり前。ほら、おつりを間違っても、絶対誤らない。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-25 16:27 | 昔の話し
2005年10月24日(月)

Palo Altoのホテルで開かれた鹿児島大学のレセプションに参加した。すごいメンバーがスピーチをしていた。ノーベル賞受賞のスタンフォード大学名誉教授やシリコングラフィックスの会長ロバートビショップさん。鹿児島大学の学長、鹿児島県の副知事、勿論メインは稲盛京セラ名誉会長。 成功者の皆さんの言葉は全て重い。特に稲盛さんの話は特にひき付けられる。成功の3要素は、①絶対に実現したいと思う夢や目標を持つ事②誰よりも努力する事、③コスト意識、売り上げ確保等の数字に敏感になる事。うちのスタッフにもメモっておいて欲しいと思う。ただし、アメリカ人のマネージメントに通じるかどうかは?である。それに、会社のスタッフ全員が起業家精神を持ってしまうのもよろしくないので、この辺は、経営陣の意気込みをどの様に伝えるかが大事なポイントなのだろう。

うちの母校は、シリコンバレーに出てこないのかなぁ?ちょっとは協力できるかもしれないのに・・・。

あ、又みんなの前で歌わされてしまった。しかもアカペラで。稲盛さん直々の依頼で断れなかった・・・。ま、仕方ないか、すごく有意義なお話を聞かせてもらったし。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-24 22:47 | SV生活
2005年10月23日(日)

鹿児島大学がシリコンバレーにオフィスを設立した。鹿児島大学の学長や、鹿児島県の副知事など今回の式典の為に、非常にたくさんの方々がやって来られている。近くのベンチャー社長Iさんの段取りで、鹿児島大学出身の大物企業家との食事会に呼んで頂いた。10人ほどのこちらの日本人ベンチャー社長と一緒に、この大物企業家と懇話会に参加したのである。大物企業家とは、鹿児島から京都に出てきて、過去のセラミックスの概念を変えた稲盛和夫、京セラ名誉会長である。http://www.kyocera.co.jp/event/inamori/index.html

嫁さんの薦めで読んだ本に書いてある創業のころの話に触れて、経営哲学に関して色んな質問をさせてもらった。とにかく久しぶりに人の話を聞いて興奮した。集まってきたベンチャーの社長さんたちも、みんな納得させられた。それだけ稲盛さんの言葉は重い。めったな事では一緒に写真を撮ってもらったり、サインをもらったりしないのだが、今日だけは起業してから一番モチベーションを高めてもらう話を聞けたような気がするほど、興奮した。

1兆円以上の売り上げを作り、今後も人類と世界の為に発展をし続ける会社のファンになった。我々も社員や周りの人に喜んでもらえる会社を改めて作ろうと思った。京セラは創業以来一度も赤字になった事がないらしい。これまたすごい。

明日も、鹿児島大学の式典に出てみよう。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-23 20:55 | SV生活
2005年10月22日(土)

結局今朝方4時半ごろまで阪神戦をインターネットで観戦(?)していたけど、惨憺たる結果。午前中をつぶしてまでも、応援していた甲斐がまったくない試合だった。午後からは、中学生の息子の授業参観に行って来た。日本だと、中学生の授業参観に父親が行くと、結構子供に嫌われると聞くが、何せアメリカでは毎日息子の送り迎えを親がやるので、親と子供のつながりが日本より近いように思える。息子に。「お父さん行くで~」って行ったら、普通に「はーい」って感じであった。先生が自分たちよりも年下なのは、いまさらの話ではないが、授業中は、みなが真剣に勉強していたのは、いささか驚きである。

その後、フラフラしていたが、友達から面白い話を聞いた。シリコンバレーから3時間近く南に走るとシカモア温泉というのがある。まさに日本の温泉と一緒で、素っ裸で入れる、効能抜群の温泉である。実は各部屋にバルコニーがついており、そこに露天風呂がある。しかも温泉かつジャグジー。友人夫婦は、その温泉に宿泊をし、何度も露天風呂を夫婦で楽しんでいたらしい。僕も何度も行ったが、とにかくアメリカにいながら日本の温泉を経験できる数少ない所だから、極端な話は、1日中、バスタオル1枚で過ごし、温泉をエンジョイできる。しかも、完全なプライベート空間。人の目を気にする事もない。d0023796_14181085.jpg

友人夫婦は、あまりにくつろぎ過ぎたのかもしれない。ちょっとした瞬間にバルコニーと宿泊施設の間の扉が「バタン」としまってしまい、外に二人放り出された格好になってしまった。勿論、素っ裸。タオルもなければ、着替えもない。あるのは、二人の雪駄のみ。しばらく悩んだ夫婦は、仕方なく旦那の方が、勇気を出してフロントまで鍵をもらいに行く事にした。雪駄で○○を隠していくにはゆかず、最初に目に付いたのは、ゴミ箱。たてに持つべきか、横に持つべきか悩みながら、その格好で一度外に出てみた。さすがに、身動きが取れず、すごく分厚いゴム製の足拭きマットを抱え、近くにいる人のところまで行って、結果助けてもらえたらしい。

しかし、温泉場で暖まった体からは一気に冷や汗が吹き出たに違いない。聞いた話とは言え、くつろぎ過ぎには要注意。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-22 13:54 | くだらん話
2005年10月21日(金)

明日(日本時間では、今日)からいよいよ阪神の日本一への道のりがスタートする。思えば1985年に日本一になって以来の事である。阪神の優勝はそもそも僕の歴史である。タイガーズ70年の歴史において、阪神タイガースとなったのが、2リーグに分裂した1950年。その年は、4位であった。しかし1962年1月生まれの僕の誕生を祝うかのごとく、その年念願の初優勝を果たす。親父は、この年の初頭に長男の誕生を祝い、秋には阪神の優勝を祝うというそれはめでたい年だったのであろう。

2回目の優勝は、2年後の1964年。富山に住んでいたか、大阪だったか、長野だったか自分では記憶のない年代なので、勿論阪神優勝の奇跡は後に見るビデオ以外記憶はない。バッキーhttp://www.tora-life.net/memories/memories4_11.htmlや村山が頑張っていた頃である。

そして、それから僕は、親父の転勤に伴い、大阪、香川、大阪と移動し、親父はインドネシアに行ってしまったので、お袋、姉貴との3人生活がしばらく続くも、子供の頃から、大学を卒業するまで一度も阪神は優勝しなかった。すごく頑張った年もあったが、いつも巨人にやられていた。大阪人が東京人を意味なく苦手とするケースが多いが、これは巨人が65年から73年まで9年間も日本一になり続けたからであろう。「巨人、大鵬、玉子焼き」という時代が、すごく嫌だった。

田淵がホームランを打って歓喜した試合。9回に逆転されて受験勉強をしながらこそっと聞いていたゲルマニウムのラジオを叩き壊したことがあるのは、うちの親でも知らないであろう。

しかし、わが阪神は、僕の社会人生活の開始を祝うごとく、85年に初の日本一になる。道頓堀に飛び込む奴等が多かったが、そのような騒ぎを起こす奴等は本当の阪神ファンではなく、騒いだ後、冷静にごみを拾って回る奴等こそが本当の阪神ファン。僕らも本当に騒いだ。楽しんだ。そして嬉しかった。バース、掛布、岡田は本当にすごかった。(実は真弓はもっとすごかった・・・)

2年前の優勝は、勿論嬉しかったが、星野監督が率いての勝利。今年の岡田監督での優勝の方がよっぽど嬉しい。そして、日本一になってくれるであろうと信じる。

試合はカリフォルニア時間の夜中2時からスタート。明日はTV Japanで放送もある。しばらく寝不足が続くが、一生懸命応援したい。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-21 23:34 | 私生活
2005年10月19日(水)

会社のDirectorと泊りがけでRetreatに行ってきた。オフィスを離れて、気分を新たに打ちあわせをしてきた。毎年会社のマネージャーみんなで年初めに集まってKick Off Meetingを行っている。去年はSanta Cruz。一昨年はNapa Valleyでやった。場所を変えて打ち合わせをやると、マンネリ化を防ぐと共に、そこで打ち合わせた内容を印象的に覚える事が出来る。d0023796_14593826.jpg実は今回はSan Franciscoでの、マンツーマンの打ち合わせで、二人で10時間くらい話し合ったかと思われる。今回のテーマは、5年間走ってきたベンチャーを一歩ランクアップしたベンチャーにする為の策を練る事。忌憚なく話すことが出来てアイデアもたくさん浮かんだ。次は、違うDirectorやManagerと行う予定。皆覚悟しときや・・・
2005年も残すところ2ヵ月半。もう来年の準備は始めている。

ところでそのDirectorのM君は、腰痛持ち。まだ若いのに、その辺の爺さんのように健康グッズに詳しい。今回の打ち合せで一番印象に残った一つは、足の先用ホッカイロをパンツに張ると熱すぎる事???

お互い、身体には労わりましょう。ま、2時まで飲んでたけどな。(ちゃう、真剣な打ち合せやなぁ)
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by hiro.b-bridge | 2005-10-19 23:23 | 仕事
2005年10月16日(日)

知り合い(もう友人と呼ばせてもらおう)が僕と同じ年で結婚した。羨ましい限り(?)今日はそのお披露目で自宅に御呼ばれしてきた。San Joseの丘の上に立つすごい景色の見える家。そこには、色んな人が集まっていた。先週一緒に韓国に出張へ行っていたIさん。一緒にビジネスをやっているベンチャーの社長Sさん。嫁さんの友達で子供たちの学校の保護者会仲間のKさん。知っている人たちがたくさん集まってきた。

しばらく、知っている顔と飲んだりだべったりしていたら、「あら、久しぶり・・・」って感じで声を掛けてくれる人がたくさん。5年前、会社のOpening Partyに来てくれていた人や、こちらのNPOの会で一緒させてもらった人。偶然にもカラオケ屋で一緒した人。会計業務をやってもらっていた人。挙句の果てには、以前電話だけですごくお世話になっていた航空会社の人。え、この二人夫婦だったとは・・・って感じで、最後はその方々と一緒にSing Outして、次回はその方々の御家にお邪魔する事まで決めてきました。

こっちで10年近く住んでいると、「友達の友達は友達」現象が起きるのですね。いやぁ、ほんとに世の中狭い。

追記:夕方、娘のダンススクールに連れて行ったら、他の生徒が一人も来てなくて、「やっぱ、日曜のクラスは集まらないわね・・・。」って雰囲気で、先生の一言、「今日はキャンセル。」 「えっ、俺らここに来てんのに」って言っても、アメリカじゃ通じない。すごすごと娘と二人で帰ってきました。ま、よくあることかな・・・・。
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by hiro.b-bridge | 2005-10-16 22:10 | SV生活