カテゴリ:昔の話し( 18 )

2010年4月14日(水)

朝のOperationのMeetingに出ているとき、女性スタッフの一人がコンタクトがずれたのか、装着のし直しをしていて思い出した。

学生の頃、京都で下宿していて、一緒の下宿にいた友人と麻雀をしていた。

彼は、今朝の会社でのスタッフの仕草のように、ソフトコンタクトだったとは言え、一度目からコンタクトをはずした。

麻雀の最中だったので立ち上がることもせず、コンタクトに湿り気を持たすために、おもむろにそのコンタクトを口に入れた。

そのとき、確か誰かが大きな声で、「ロン!」と叫んだ。

その声で驚いた友人は、もっと大きな声で叫んだ。

コンタクト飲み込んでしもたぁ・・・

その後、みんなで色々と考えたが、「まぁ、ソフトやし問題ないやろ」っていい加減な結論に達し、続きの麻雀を楽しんだ。

翌日、彼はコンタクトを買うお金もなく、執拗に「なんとかする」と言い張り、それからトイレに行く度ざるを持って用をたした。2日目だったか、3日目だったかは定かではないが、外の水道でざるを洗う彼が、「あった!」とまたもや叫んで来る声が聞こえた。見事ソフトコンタクトレンズは、身体の中を通って、外に出てきたのである。

その後・・・・


彼は煮沸を2度ほどして、目に入れてみた。

「見えるで!」と大喜び。

そして、彼は付け加えた。

「でも、ちょっとサングラスになってしもた」と。


これ、ほんまの話しやから怖いでしょ。
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by hiro.b-bridge | 2010-04-14 15:29 | 昔の話し
2008年11月24日(月)

いやぁ、今日は嬉しいニュースが飛び込んできましたよ。シリコンバレーで同じ年で結成している丑年と寅年の会があるのですが、その丑寅メンバーの友人に初めての赤ちゃんが誕生したとの事です。47歳で初めての父親は、さぞかし嬉しいことでしょう。ほんま、おめでとうさん。

彼の話によると、アメリカの出産で立ち会って、看護婦とおんなじことさせられたと・・・すなわち、男も一緒に赤ちゃんを産んだって感じみたいです。

そういえば、僕も子供を生んだ時。

いや、生んでない。(一人突っ込み)

嫁さんが始めての子供を身ごもった時、嫁さんの実家で待機して寝てたら、夜中に義母さんが起こしに来てくれた。

「千恵美がぼちぼち産気づいた見たいから、病院にいきましょ」と・・・

緊張して、夜中車を飛ばし、病院に着いたら、嫁さんはすでに出産準備室で、うんうん苦しんだ様子やった。

何せ、初めての経験で緊張してたのもあって、嫁さんのそばに行って、おろおろしていた。

すると、嫁さんは、苦しそうに搾り出すような声で、つぶやいた。

「呼んで」

さすが、こんなシチュエーションで、俺に落ち着きを求めてるのかと思い、やさしく気持ちを込めて、嫁さんの名前を呼んだ。「千恵美...」と

すかさず、義母さんが大慌てで「何をふざけてるの、看護婦さんを呼んで」って言ってるんやで

「・・・・・。」

何せ動揺してたもので、

それから1時間もしないうちに、元気な長男が生まれた。あれからもう16年以上の月日が経ったのである。

そんな長男は、マーチンバンドにはまってます。勿論親もはまってます。

それでは、親ばかの登場です。息子のマーチンバンドでのソロをお楽しみください。
といっても、画面の中の子供は小さいけど・・・5:30過ぎのサックスソロに注目。
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いやぁ、息子もでかくなたもんや。

Eちゃん、これから楽しみやなぁ。
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by hiro.b-bridge | 2008-11-24 23:07 | 昔の話し
2007年11月16日(金)

シリコンバレーで色んな大学が進出してきて、今や日本の大学のBay AreaのOfficeがたくさんある状態。我が母校同志社大学も進出計画があるようで、非常に楽しみにしている。

そんな話をしている所に、友人からメイルがやってきて、校舎がすっかり綺麗になった新町校舎の話題となった。

友人:「新町の校舎が新しくなったけど、知ってったか?と言うか、お前学生時代、ほとんど学校行ってなかったから、覚えてる以前に、知らんやろ。」

僕:「あほな事言ったらあかんで、めちゃくちゃ覚えてるで。とにかく数回しか行ってないから、逆に印象が深いねん」

友人:「そんな事、自慢できるかいな・・・。でも、俺は、正直覚えてないなあ。聞いた話しやけど、色んな友達に、授業の代返頼んだら、先生の出席の確認に、3人ほどが一度に返事してしまったみたい。先生は、それに対して、「いつもいない○○君、今日はその分3人も出席しているだね・・・」と。」

一辺に3回分出席を目指した代返、のつもりではなかったろうに・・・。
息子や、父はこれでもテストだけは頑張った??お前もガンバレよ。
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by hiro.b-bridge | 2007-11-16 23:14 | 昔の話し
2007年7月3日(火)

ある人とメイルをしていて、そういえばと思った。

我々が若い頃は、「嫌です」という表現をほとんど使った事がなかった。学生時代も、先輩に「○○をしろ」と言われたら、ハイと答えて、嫌でも、愚痴を言いながらもやっていた。会社に入って、「これをやってくれ」に対して、ハイわかりました。納期は?と答えていたし、「今日のみに行くぞ」と言われたら、「喜んで」と答えていた。

そういえば、最近は子供でも、大人でも「嫌」と言える時代なんだろう。

勿論、これによって、断る勇気がないと問題で、断らなさ過ぎると会社のスタッフや家族に迷惑を掛けてしまうのもしかり・・・。

でも、僕らが物事を頼む時は、考えて頼んでいるつもりなんで、「嫌」って言うなよな・・・・(いや、別に誰に向かって言ってるわけではないのですが・・・)
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by hiro.b-bridge | 2007-07-03 11:37 | 昔の話し
2007年4月22日(日)

息子たちと話をしていて、自分が一人旅をしていた時の事を思い出した。思えば、大学3年の夏にヨーロッパ50日間の一人旅をして、大学4年の冬には卒業前に45日間のアメリカ旅行をやっている。親と姉貴に借りたこの時の軍資金は、まだ返していなかったような・・・(いや、そのうち、出世払いで・・・)

最近、たくさんの学生さんに会うので、一人旅の金を使わないで宿泊する方法を一つ授けましょう。

85年の3月にコロラドにまでやってきた。その前に2泊ほど野宿をしていたので、この辺で暖かい部屋で何とか寝たいと思った僕は、YMCAに行って、ロビーで尋ねた。

Excuse me. I am looking for my friends. His name is Suzuki, Sato, Yamamoto, Takeda, Matsumoto.....

たくさんの日本人の名前を挙げていったら、ロビーのお姉さんが、Yes, here is Mr. Suzuki.と言って、見知らぬ鈴木さんの部屋番号を告げてくれた。早速、その鈴木さんが泊まっていると思われる部屋に行って、「すみません、日本人ですが、ちょっと話をさせてくれませんか?」と持ちかけたら、同じバックパッカーの鈴木さんとその友達は、僕を歓迎してくれて、彼らの部屋でシャワーを借りて、ベッドので毛布を貸してくれた。いつも岩の上や土の上に野宿していた僕にとって、このコロラドのYMCAの床が、どれほど柔らかく感じたか・・・それに、ちょっとしか出ないシャワーのお湯も、湧き出る泉のように感じたものである。

と、ロビーで日本人の名前を言い続けると、誰か出てきてくれるもの。世界は広いようで狭いですからね・・・一人旅で一番楽しいのは、やさしい人に出会う事かも。
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by hiro.b-bridge | 2007-04-22 23:08 | 昔の話し
2007年4月3日(火)

うちのVPは、僕と同じ年なのに、去年結婚したばかりの新婚さん。でも、その昔何人かの女性と見合いをした事があったそうな。昨年の事だが、あるお客さんに行ったとき、そのVPの話になった。そこで何と驚いた事に、その付き合い先の女性が、彼を知っていた。そして聞いたところ、何年か前にお見合いをした事があるとの事。いやぁ、世の中狭い事・・・。

うちでインターンをしていた男性がいた。2週間ほどの短いStayだったが、色々と業務をこなしてくれた。短い間にうちのスタッフ皆と仲良くしていくように、と言っておいた。しばらくして、彼は驚いた顔で報告をしてきた。何と、何年か前に合コンをした相手がうちの社員にいたそうな・・・。まさか、遠く離れたアメリカの研修先で、合コンの相手に又会うとは・・・

うちに来られた会計士の先生がいた。色々と話をしていると、何と20年以上前に、僕の従姉妹と何度かデートをしてふられたという事実が判明した。

ほんとに、世の中狭いもんである。急に思い出したんで・・・
こんな経験、皆さんもないですか?
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by hiro.b-bridge | 2007-04-03 23:17 | 昔の話し
2006年12月25日(月)

今日はクリスマス。と言っても、こっちの人と街で会って、「Merry X'mas」という位しか、クリスマスを感じなくなってきた。ただ、会社が休みなので、色んな事をして、色んな事を思い出した。息子と話をしていて、「何でも信じるんだよね」という言葉から、昔の友達で、本当に何でも信じる奴がいた事を思い出した。

彼は、本当に真面目で、人を疑わない。

ある友達の字が非常にきたなく、食パンと書いたつもりが、パソとなっていた。真面目な友達は、「パソになっているぞ」と指摘した。すると友達は、「お前、知らんなぁ!俺の田舎では、パンのことをパソって言うんやぞ」と訳の分からん言い訳をした。すると、彼は真面目な顔で、「へー、そんな地域もあるんか」と信じていた。

タバコを切らした彼は、「蚊取り線香も吸えば、メンソールの味がして、美味しいぞ」と勧められ、その場で試していた。もちろん、「あんまり上手くないな」と言っていたが・・・・

奴は今頃。オレオレ詐欺に掛かっていなかったらいいのだが。急に懐かしくなって、思わず文章にしてみた。

そして、今年のクリスマスも終わっていく・・・。
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by hiro.b-bridge | 2006-12-25 23:07 | 昔の話し
2006年11月20日(月)

とにかく眠い・・・。

土曜日の帰りの飛行機はラッキーにもUpgrade TicketでUpgradeされてビジネスクラスのスクリーン前に陣取れたものの、機内が暑く、溜まったメイルを読まなくてはというプレッシャーもあって、ろくに眠れなかった。

家に戻って、いつのまにかソファーで横になって、夜までうたた寝(?)してたら、逆に夜はあまり寝れず、月曜日になった今も、どうにも眠い。これが時差ぼけ。

そう言えば、大学生の時大阪のラジオ番組のDirectorをやっていた時代がある。最初はヤングリクエストという番組のレコード係りをしていたが、そのうち夜中の3時からの番組で信頼のおける(?)バイトがDirectorをすることになって、その中の水曜日担当に抜擢された。あの頃は、ラジオ製作のバイトが大忙しで、多い時は、週に10本の番組に参加していた。

その時、連日バイトで寝れず、3日半寝ずにバイトしていた時代でも、今ほど眠くはなかった。逆に、あの頃は寝貯めが出来たからだろうか。確か、丸二日以上も起きずに寝ていた時もあった。

あ、又思い出した。友達の寺岡は、試験前に一夜漬けをやって、朝方7時まで必死で勉強したそうだ。その後、どうしても眠くなって1時間だけ仮眠しようと、8時にめざましを掛けて、眠ったそうな。そして気づいたら、めざましの音で慌てて起床。たった1時間とは言え、なんだかすっきりした気分で、顔を洗い学校へ。

試験会場に行って、配られた試験用紙を見て、「テストの内容が違う!」と叫んでしまった。審査官に問い合わせ、冷静に自分の学部や試験科目を確認して、事実を知る事となった。

なんと、彼の試験は1日前だったそうな。何が起こったかというと、1時間の仮眠のつもりが、25時間の仮眠となっていたらしい。どうりですっきりした気分で起きれたのだが、まさか、丸1日勘違いするとは・・・。それが理由かどうかは別にして、彼は大学5年生行きを覚悟したそうな。

それにしても、眠い。 時差ぼけに対応する体力が落ちてきたのか・・・・ 年か?
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by hiro.b-bridge | 2006-11-20 23:19 | 昔の話し
2006年8月16日(水)

昔どんな車に乗っているかと言う話で盛り上がっていた。

我が家は結構厳しい家で、20歳になるまで車の免許を取ってはならないという決まりを守らされた。何かがあった時に責任を取れる年齢になるまでは、車を運転するなという親の言葉だった。

その反動からか、20歳になった瞬間に京都の二条教習所に通い、当時13万円くらい掛けて取得したように記憶している。そういえば、その教習所で教官に逆らったつもりではないが、えらく嫌われてシャーペンで背中を刺された事があった。お金もないので、ひたすら耐えて一日も早く免許証を取り、この学校を出てゆこうと一生懸命我慢したものだ。

免許証を取ってからは、走り回った。

確か免許証を手にした初日に、無謀にも六甲山のドライブに友達と出かけた。高速に乗るのも、山道を走るのもすべてが始めて(当たり前)で、緊張の連続。でも、途中快感に変わって、車ってこんなに楽しいんだと感じた最初の瞬間だった。

あれ以来、乗り換えた車の数は25年で25台では聞かないのではないだろうか。

夜中走っていてどうしようもなく眠くて、高速のパーキングエリアに入るや否や、記憶もない状態で仮眠した事がある。既にパーキングに入っているので、何ら問題はないのだが、仮眠から目覚めた瞬間は、車を停めた記憶がないもので、「危ない、壁にぶつかる」と一生懸命にブレーキを踏んでいる自分がいた。漸く我に返って、停まった車の中で冷や汗かいている自分が格好悪かったものである。

アメリカにいると、500Km走るのなんて、たいしたことではない。車の運転が好きなものにとっては、アメリカは本当に嬉しくなる。でも今は無茶な運転は一切しなくなったもんだ。

人が車を買い換えると聞くと、又うらやましくなってきた。衝動買いをしないように、気をつけようっと。
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by hiro.b-bridge | 2006-08-16 02:00 | 昔の話し
2006年4月19日(水)

スタッフや日本から来られたお客さんと話をしていて、昔のインターンの研修生を思い出した。

うちの会社では、今まで、かなりの研修生を2週間から半年までの期間で受け入れてきた。その中で、東大の学生がいた。優秀な奴で、英語も達者だし、仕事を頼むとちゃんとできる奴だった。

ところが、彼は何かと一途な奴だった。その為か、色んなエピソードを作って2週間を過ごしていった。

どうにも運転が苦手だったようで、2週間でなんと3度も事故をしていった。これも可愛そうな話なのだが、始めて事故った時に、会社に出てこなっかた。昼の2時頃に、「あれ、○○君は?」と言ったスタッフが宿舎に電話してみたら、彼のコメントは、「精神的にショックなので、今日は休みました」と言うもの。すごい返事。

尚かつ、その日事故ったレンタカーを返しに行って、宿舎のガレージオープナーをレンタカーに置き忘れてきた彼は、その数日後、レンタカー屋へ行って、戻ってきた。「同じようなオープナーだから開くと思ったんですけど、どうにも開かないんですよ。」

「・・・・・・」

そんなんで開いたら、オープナー(鍵)の意味ないやん・・・

最終日、挨拶に来て去っていた彼。空港から電話が掛かってきての一言。「すみません、よく考えたら、サムソナイトのトランクを宿舎に忘れてきました。FedExで送っておいてくれますか?」

まぁ、すごい考え方の奴だったけど、今頃どこかのコンサルタント会社で働いているはず。どうしてるやら・・・? でも、コンサルできてるんかなぁ
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by hiro.b-bridge | 2006-04-19 23:00 | 昔の話し